短歌メモ: 2009年5月アーカイブ

<清少納言は「春はあけぼの」と『枕草子』の最初の一行をかきました。もちろん、これだけが理由ではありませんが、彼女のエッセイが多くの人の心をとらえたのは、「そうだ、春といったら、あけぼのだよな」と共感を呼んだからです。>
伝説の社員になれから

これは<「未来の芽」がみえると大ブームが起こる>という章の一節です。
未来の芽はもうすでに自分の中にあるという話です。

<誰もが思っていることを、どうわかりやすく表現するか。今までにあったものを、現代的なものにどう結びつけるか。これが未来をつくるポイントです。>

さて、この「未来」という言葉を短歌に置き換えると如何でしょう。
そのまま作歌の手ほどきになりませんか。
さしずめ「短歌の芽」がみえるというところでしょうか。

短歌を詠むことは楽しいことではありますが、反面、生み出す苦しみもともないます。
でも、短歌の芽は普段の生活の身近なところにあるように思います。
そういった、ちょっとした風景を写真のようにきりとって31文字にまとめることが出来ると良いとおもうのです。

でも、日常の風景は見過ごしがちです。
「春はあけぼの」と清少納言が書き出す前に、幾人の人が「春のあけぼの」を眺めたことでしょう。
そんな、わたしの「春はあけぼの」を探して見たいですね。
きっと、もう、私のなかにあるのでしょう。

今年は中原中也の生誕100年だそうです。
1907年4月29日生(明治40年)、1937年10月22日没(昭和12年)。
彼の詩は好きで、詩集は学生のころから今まで一緒に引っ越しています。
彼の代表作は「汚れつちまつた悲しみに」にでしょうか。
ドラマにもなりましたね。

「汚れつちまつた悲しみに」は勿論ですが他にも好きな詩が。
「幾時代かがありまして、茶色い戦争ありました。」で始まる「サーカス」 「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」というブランコのゆれるオノマトペが印象的な詩です。
「なにゆゑに こゝろかく羞ぢらう」と始まる「含羞」 子供を失った悲しさが、ぐっと襲いかかってくる詩です。

「ホラホラ、これが僕の骨だ」と陽気に始まる「骨」 でもやっぱり寂しくなる詩。
こやって書いていると何時までも詩集を読んでいそうです。
最近、詩集などあまり読まなくなりました。
こういう時しか紐とかない詩集ですが、時には良いですね。

紹介した詩はネットの無料図書館 「青空文庫」に収録されています。

【中原中也】

詩集・山羊の歌 「汚れつちまつた悲しみに」 「サーカス」 

詩集・在りし日の歌 「含羞」 「骨」 

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