オオヤマレンゲはもう終わっただろうなぁ
第7回黄金の郷山ヶ野史跡めぐりウォーキング
[歴史] 徐福伝説
第12回 龍馬ハネムーンウォーク in 霧島
[歴史] 重久の隼人塚
ウォーキング大会の季節です
[歴史] 高屋山上陵
六観音池 コバルト色の水面を湛える神秘的な池
[歴史] 熊襲(くまそ)の穴に日本武尊を訪ねて
犬養の滝と和気湯

2008年7月 2日

オオヤマレンゲはもう終わっただろうなぁ

オオヤマレンゲ

オオヤマレンゲオオヤマレンゲオオヤマレンゲオオヤマレンゲ

今年はどうも花に恵まれていません。
マンサクの黄色い花から始まる霧島の春、そのマンサクも見れませんでした。
霧島ミズキもシロモジも、ツツジさえも見ていません。
この最高の時期にこんなに霧島から遠ざかった年も近年ありません。

そういえば、去年の今頃は硫黄山にオオヤマレンゲを愛でに行ったのですね。
森の中に白い花があちらこちらと咲いている様は素敵でした。
もう、オオヤマレンゲも終わったでしょうねぇ。

そろそろヤマボウシも咲いていることでしょう。
せめてヤマボウシには会いに行きましょうかねぇ。
いつもそう言いながら時期を逃しているのがこの春でした。

[登山日記] 霧島硫黄山 オオヤマレンゲを訪ねて(H19/6)
[霧島の花] オオヤマレンゲ(大山蓮華)


2008年1月20日

第7回黄金の郷山ヶ野史跡めぐりウォーキング

第7回黄金の郷山ヶ野史跡めぐりウォーキング

山ヶ野金山ウォーク

今度は金山の跡を歩く山ヶ野ウォーキング大会です。
この山ヶ野ウォーキング大会は、とにかく地域の方々のもてなしが素晴らしいのです。
ぜんざいやお茶、お菓子などふるまってくださいます。
歩いて脂肪を燃やそうと思っても、歩き終わる頃にはお腹いっぱいになるウォーキング大会です。

黄金の郷とあるとおり山ヶ野は金山がありました。
ここは、江戸終期から明治にかけて随分と金が取れたところだそうです。
あまり掘らなくても地表に見えていたというのですから凄いです。
その当時、佐渡の金山が83トンに継ぐ80トンの産金量で随分と賑わっていたそうですその金山の跡を訪ねて15Kmくらいを歩くウォーキング大会です。

その山ヶ野ウォーキング大会の募集内容です。

■日時
3月2日(日) 午前8時10分から
横川丸岡公園集合

■参加申し込み
電話にて申し込み
申し込み期間、1月28日から2月1日まで
定員250人、定員になり次第締め切り

■参加料
一般 2,000円
高校生以下 1,000円

■申込・問い合わせ先
実行委員会事務局
0995-64-6833

大変、人気の山ヶ野ウォーキング大会で直ぐに定員がうまります。
受付期間も1週間くらいしかないですね。
毎年、参加していましたが、今年は所用で参加できそうにありません。
残念です。

ところで、この山ヶ野ウォーキング大会では、金鉱石の欠片を頂きます。
もう、家族分あわせると10個くらいたまりました。
そういえば、ルーペで見て「金が入っている」と喜んでいる人もいましたね~。
わたしの貰った鉱石には金が入っているのでしょうか・・・。

ウォーキング大会の季節です
第12回 龍馬ハネムーンウォーク in 霧島

霧島市ホームページ

2008年1月16日

[歴史] 徐福伝説

[歴史] 徐福伝説

徐福像

徐福伝説をご存知でしょうか。
以前、大きな徐福像が遥か大陸の方を向いて立っていたのを見たことがあります。
それは、それは、素晴らしく大きな徐福像でした。
場所は霊峰冠岳の麓です。
冠岳登山のおりに突然、巨大な徐福像が現れてビックリしたのを覚えています。

徐福伝説は古代史に興味のある方はご存知でしょう。
その伝説とは、秦の始皇帝に不老不死の仙薬を求め帰るように命を受けた徐福が、3000人の集団を引き連れて、東方の桃源郷日本へ旅立ったと言うものです。
さて、徐福らは無事に日本にたどり着いたのでしょうか。

件の徐福像は徐福一行が冠岳にたどり着いたという伝説に基づいています。
徐福一行は鹿児島の西海岸、串木野の照島海岸に上陸し、冠岳にたどり着いたというのです。
徐福渡来の伝説は鹿児島意外にも日本各地にあるようですね。

さて、その徐福が日本に向かったのは紀元前219年のことらしいのです。
日本では縄文後期から弥生時代の頃でしょうか。
司馬遷の史記に書いてあるそうです。
史記が書かれたのは紀元前100年の頃、一方、わが国の古事記、日本書紀が編纂されたのが720年頃です。
日本では、まだまだ、神話の世界の頃の話ですね。
もし、たどり着いていたのなら、古事記、日本書紀のネタくらいになっているかもしれませんね。

天孫降臨のニニギノミコトから三代を日向王朝というそうです。
その後、神武天皇の東征があり大和王朝の成立となります。
その日向王朝のさまざまな神話、伝説、伝承と徐福伝説を重ね合わせるとロマンが膨らみませんか。

中国でも徐福の存在はさまざまな説があるようです。
彼が古事記、日本書紀に登場するわけでもありません。
でも、もしかしたら、私達は徐福や秦の民の末裔なのかもしれません。
そう思うと、もう一度、見に行きたくなりました。
冠岳の大きな徐福の像。

[歴史] 熊襲(くまそ)の穴に日本武尊を訪ねて
[歴史] 高屋山上陵
[歴史] 重久の隼人塚

・「鹿児島県いちき串木野市冠嶽」の地図

2008年1月14日

第12回 龍馬ハネムーンウォーク in 霧島

第12回 龍馬ハネムーンウォーク in 霧島

塩浸温泉

龍馬ハネムーンウォークの案内があったので内容紹介です。
もう12回になるのですね、今回はなんだか盛りだくさんですよ。

今回の龍馬ハネムーンウォークは3月15日(土)と16日(日)の二日間です。
コースは8Kmから23Kmまでの6コース、高千穂峰登山のコースも用意されているようです。
高千穂峰登山のみ定員100名で他は参加制限なしです。
事前申し込みを受け付けていますが、当日申し込みも受け付けるとか。
新婚さんの夫婦参加は記念品があるそうですよ。
あと、龍馬ハネムーンウォークの全5コースを完歩すると特典があるとか、1年じゃ無理ですね、最低3年は必要です。
健脚の方、ぜひ挑戦あれ。

■日時
3月15日(土)、3月16日(日)
雨天決行

■参加申し込み
参加申込書に記入の上、郵送またはFAXにて申し込み
申し込み期限、2月22日まで
当日申し込みの場合は各コース出発30分前までに申し込むこと

■参加料
一般 2,000円
中・高校生 1,000円
小学生以下 500円

■問い合わせ先
龍馬ハネムーンウォーク実行委員会
http://www.city-kirishima.jp
0995-57-1340

■コース案内
A.霧島温泉コース 10Km
 3月15日(土) 10:00出発(8:30受付)
 みやまコンセールを出発して、林田、丸尾の温泉街を回って戻ってくるコースです。
 最初は登り、帰りは下りで比較的容易なコースです。

B.犬養・中津川コース 23Km
 3月15日(土) 9:30出発(8:00受付)
 みやまコンセールを出発して妙見温泉の近くまで下り、戻ってくるコースです。
 最初は下り、帰りは登りです。
 疲れた頃に登りになり厳しいコースです。
 和気神社など見所の多いコースでもあります。

C.花はきりしま菜の花コース 12Km
 3月16日(日) 10:00出発(8:30受付)
 霧島 緑の村から霧島神宮、神話の里公園をめぐるコースです。
 霧島の七不思議などを巡るようです。
 今年から出来たコースかな?

D.竜馬高千穂峰登山コース 10Km 予約者のみ
 3月16日(日) 9:00出発(8:00受付)
 このコースのみ定員100名、事前申し込みのみです。
 高千穂峰に登るようです。
 ガレ場で結構な急登ですが霧島連山を一望できることでしょう。

E.隼人・天降川コース 20Km
 3月16日(日) 9:00出発(7:30受付)
 これも初めてのコースかな?
 霧島地区ではなく隼人地区で行われます。
 隼人運動場から天降川に沿って登り、戻ってきます。
 菅原神社の磨崖仏など歴史に興味があると面白いかも。
 日当山温泉から引き返す8Kmのコースも用意されているようです。

今回から5コースに増えて拡大された龍馬ハネムーンウォークです。
今までに無い発見があるかもしれませんね。
私は今までもあった、A.霧島温泉コースとB.犬養・中津川コースには参加しています。
高千穂峰登山は他で行くので、C.花はきりしま菜の花コースかE.隼人・天降川コースに参加してみようかなぁ。
まぁ、もう暫く時間もあるのでゆっくりと考えましょう。
その前に横川の金山ウォークがあります。
これは例年参加しています。

ウォーキング大会の季節です
第7回黄金の郷山ヶ野史跡めぐりウォーキング
塩浸温泉 坂本竜馬ゆかりの温泉
霧島市ホームページ    

2008年1月 6日

[歴史] 重久の隼人塚

重久の隼人塚

[歴史] 重久の隼人塚
隼人塚と言えば、隼人町見次(みつぎ)の隼人塚が有名ですね。
見次塚には石塔、石造があり市の資料館もあります。

こちらは重久の隼人塚です。
重久の隼人塚は田圃の中に、ひっそりと石碑があるだけです。
訪れる人も殆ど無く、それが隼人塚と知る人も少ないと思います。

重久の隼人塚はハヤト族の首塚と言われています。
720年(養老4年)にハヤト族の大規模な反乱が起こります。
時の朝廷は大伴旅人を将軍に役1万人の大群を送って制圧したそうです。
そのときに斬首、捕虜にされた者が千四百余人と言われていますから、随分と犠牲者が出たのでしょうね。
近くには止上神社がありハヤト族の古来の神社とも言われています。

ハヤトがその戦いの最後に立て篭もったのが曽於岩城(そのいわき)と比売乃城(ひめのき)と言われ、姫城という地名が今も残っています。
姫城の岩山は、いかにも古の兵たちが立て篭もった感じの岩山です。
重久の隼人塚に立ち、止上神社を背に田圃を隔てた姫城の岩山を望むと、その昔、このあたりを闊歩していたであろう隼人の兵(つわもの)たちの姿が浮かんで来そうです。

大伴旅人は万葉集の歌人としても有名ですね。

隼人の瀬戸の巌も鮎走る吉野の瀧になほしかずけり

この「隼人の瀬戸」は阿久根と長島を分かつ急潮、黒之瀬戸とか。
彼は、随分とお酒が好きだったようで、こんな歌も。

あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む

・Mapion 重久の隼人塚周辺の地図

2007年12月26日

ウォーキング大会の季節です

そろそろウォーキング大会の季節です。

近くでもウォーキング大会が催され沢山の健脚の持ち主が参加します。
わたしも、いくつかの大会に参加していますが、皆で自然の中をあるくのは気持ちいいですよ。
わたしの参加したウォーキング大会をご紹介しましょう。

■妙円寺参り
多分、鹿児島で有名なのは「妙円寺参り」でしょう。
これは関ヶ原の戦いに参加した島津義弘公が 東軍の陣中を敵中突破した事に由来しています。
鹿児島市から伊集院まで20Kmを歩きます。
毎年10月の第4日曜日に行われます。

■竜馬ハネムーンウォーク
さて、これから行われる中では「竜馬ハネムーンウォーク」が規模が大きい大会です。
毎年、沢山の人が竜馬とお龍があるいた霧島路を楽しんでいます。
日本で初めての新婚旅行と言われている竜馬とお龍(おりょう)の霧島逗留に由来している大会です。

20Kmの道のりを歩くコースと10Kmのコースがあります。
歩いた後は霧島温泉郷のホテル大浴場などに無料で入湯できますよ。

毎年2月に行われています。
当日参加でも大丈夫です。

■山ヶ野金山ウォーク
お薦めなのは「山ヶ野金山ウォーク」です。
ここは江戸時代から明治初期に栄えた金山の跡を巡るウォーキング大会です。
金鉱跡や実際に石を砕いて金を取り出すところが見れたりします。

この大会の良いところは「もてなし」の素晴らしさです。
地元の人たちがぜんざいやお茶などで持て成してくれます。
ダイエットのつもりで参加して、かえって太ってしまったりしそうな大会です。

金鉱石のカケラが貰えます。
運が良ければ金が入っているかも・・・。
ここは事前申し込み者のみです。
1月末から申し込み開始ですが、直ぐに一杯になりますので早めの申し込みを。

さぁ、そろそろ山仲間に声をかけておきましょうか。
独りで歩くよりも道連れがいた方が楽しいです。
とは言っても一緒なのは最初だけですが・・・。

第12回 龍馬ハネムーンウォーク in 霧島
第7回黄金の郷山ヶ野史跡めぐりウォーキング


2007年7月22日

[歴史] 高屋山上陵

[歴史] 高屋山上陵

海幸彦と山幸彦のお話をご存知ですか。
古事記に出てくる神々の壮大な兄弟喧嘩のお話です。
天上からこの地上に降りてきた神様が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)ですね。
天孫降臨です。降りてきたのが高千穂峰とか。
その瓊瓊杵尊の御子たちのお話です。

海幸彦(火照命)がお兄さん、山幸彦(彦火火出見尊)が弟です。
ある日、山幸彦がお兄さんの海幸彦の道具を借りて海に漁に出かけますが、その釣針を無くしてしまったことから争いがはじまります。

その山幸彦こと彦火火出見尊の御陵が高屋山上陵です。
高屋山稜は鹿児島空港の近くにあります。
空港から山手の方にしばらく進むと左手に溝辺町の上床公園がありますが、その道向かいにあります。

小高い山に苔むした長い階段があります。
その階段を登っていくと、ちょっとした広場になっており奥に柵があります。
その先も森になっており厳粛な趣です。

他にも彦火火出見尊御陵の伝承は宮崎などにもあるそうですが、明治になってこの地に定められたようです。
こんな近くに山幸彦の御陵がある知ったときは驚きました。

その兄弟喧嘩ですが、弟の山幸彦が勝って天皇家へとつながり、負けた海幸彦は隼人族の祖となったといわれています。

2007年6月19日

六観音池 コバルト色の水面を湛える神秘的な池

[霧島]六観音池 コバルト色の水面を湛える神秘的な池

六観音池 コバルト色の水面を湛える神秘的な池
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六観音池を紹介いたしましょう。

写真は白鳥山から写した六観音御池です。
きれいなコバルト色の神秘的な池です。

新燃岳の火口湖も同じような色をしていますが南国の海を思わせる印象的な水面です。
深さが14m、周囲が約500mです。

えびの高原のビジターセンターから池めぐりのコースをたどっていくと、白紫池、六観音御池、不動池と回っていきます。

白紫池のところから白鳥山に道をそれて六観音御池へ降りていくコースもあります。
池めぐりで90分、白鳥山経由でも2時間のハイキングコースです。

六観音御池の辺に展望台が設けてあり韓国岳を望むことができます。
その展望台の近くに小さな社と大杉があり、良い休憩所になっています。
その社にある説明看板に白鳥に化した日本武尊の話のっています。
白鳥山の名もそこから来ているのかもしれませんね。

後ろの山は甑岳と夷守岳です。
甑岳は山を途中から横に切ってしまったような変な形の山です。
頂上は真平らではなく火口になっています。
甑岳の火口は水溜りのような小さい池と草原です。
火口に降りて見ましたが綺麗でしたよ。

秋には紅葉が素晴らしいところです。
韓国岳を背景に琥珀色の水面に梢が赤い葉を差し伸べている姿は素敵な光景です。

2007年5月30日

[歴史] 熊襲(くまそ)の穴に日本武尊を訪ねて

[霧島探訪] 熊襲(くまそ)の穴 妙見温泉

熊襲の穴 入り口

昔話は大好きです。

大ファンの坂本竜馬さんや竹中半兵衛さんの時代も好きですが、実はもっと、もっと昔の頃が大好きだったりします。

今日の主人公は日本武尊。

霧島連峰麓の妙見温泉を車でいくと「熊襲(くまそ)の穴」という大きな看板が目につきます。

ここはハヤト族の祖先である熊襲の首領が住んでいたと言われている場所です。
熊襲の首領といえば大和朝廷に叛き、日本武尊が征伐したカワカミタケルでしょうか。

道沿いの看板のところから80mくらい登っていきます。
入り口は、かがまないといれない位の狭い入り口です。
はいる前に右手のスイッチを押しておきましょう。
忘れると真っ暗な洞窟にはいることになります。

洞窟内にはいると色とりどりの壁画が出迎えてくれます。
原色に彩られた壁画は、ま・さ・か・当時のものではないでしょう。
熊襲と呼ばれていたのは5世紀の頃ですからね。

しかし、入り口の狭いのですが中は思いのほか広いです。
100畳くらいはあるのでしょうか。
想像以上の広さに、想像外の壁画が現れてビックリします。
おくにはもっと広い洞窟があるそうですが、今は崩落していけません。

さて、ここで起こったという事件は・・・。

その頃、大和朝廷に逆らっていた熊襲を征伐にやってきたのが日本武尊ですよね。
熊襲の首領はカワカミタケルという大男だったということです。
日本武尊は単独で征伐したのですが、少々卑怯な方法だったとか。

女装して酒を勧め、酔ったところで隠し持った刃物で謀殺・・・。
しかし、カワカミタケルは瀕死の中で日本武尊に自分の名を贈ったそうですね。
それまではオウスノミコトだったんだそうです。
う~ん、だまし討ちに近い殺されかたなのに・・・。
理解できない・・・。

その日本武尊も父の景行天皇に疎まれて悲劇の英雄として名を残すことになります。
日本武尊は死んで白鳥となって飛び去ったと言い伝えられていますが、その白鳥が霧島の六観音池に姿をあらわしたと池の辺にある小さな社に記してありました。
六観音池も深い緑色をした綺麗な湖です。

2007年5月 3日

犬養の滝と和気湯

[温泉] 和気湯(野湯)

霧島 犬養の滝

妙見温泉の近くに和気神社があります。
その和気神社の近くから川の方に降りて、しばらく山道を進むと犬養の滝が現れます。
突然現れる一条の滝は勇壮で素晴らしい。

この滝は裏の方まで行くことが出来ます。
あまり見ることの出来ない裏側から見ると、手が届きそうなところにある瀑布が迫力満点でせまってきます。
素晴らしい光景です。
少しくらい濡れるのは我慢して堪能いたしましょう。

犬養の滝にいく途中には和気湯があります。
本当に湧き湯という感じの素朴な温泉です。
川のほとりに2坪ほどの四角に掘っただけのような岩湯があり、底の方からお湯が湧き出しているのです。
私が行ったころは囲いも無く手入れもされていなかったけど、最近は囲いもつくってあるそうです。

名前の由来は「和気清麻呂公」ゆかりの温泉ということのようです。
和気清麻呂公は奈良時代の官人で怪僧・道鏡の陰謀を阻止したために流されたのがこの地とか。
「和気神社」も近くにあって綺麗は藤の花が人気のです。
和気清麻呂はその後、赦され中央で活躍することになりますが、その名は温泉としてこの地にも残りました。
坂本竜馬も入湯したというこの露天風呂は、川のほとりで静かな露天の温泉です。